茨城の20世紀遺産

23・土浦日本聖公会聖バルナバ教会

建立年代  1936(昭和11年)
住所  茨城県土浦市中央1-15-6

 日本聖公会バルナバ教会は亀城公園の裏側、土浦小学校の前に建っている。この辺りは江戸時代においては城に近く、重臣が住んでいた地域である。敷地の裏側には内堀があり、その向こうは今は土浦城公園になっている。地元の人達は亀城公園と呼ばれているここには県史跡の土浦城櫓門(江戸後期)があり、最近西櫓、東櫓が復元された。。教会の前には土浦小学校があり、教会堂は多くの子供の慕われている。
 キリスト教は江戸時代は禁止され、明治になってから解禁になった。日本聖公会も明治になってから日本で布教を始めた。布教の為、日本聖公会によって立教大学や、聖路加国際病院などが設立されている。早くも土浦にも明治の中期には設立され、教会堂も建立されていたようだ。明治の末、明治45年(1912)にはウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)に教会堂の設計を依頼している。予算のせいか、この設計は採用されず、翌年に旧建物の増設の設計もされている。その後どのような変遷か、現建物の設計は佐藤組建築事務所(東京市神田区今川小路1-1)佐藤吉三郎に依頼されている。建立年代については昭和3年、昭和5年、昭和11年の説があり、信者のご苦労が偲ばれる。また、設計者の佐藤吉三郎がどのような人物であるか気になるところである。尖塔にヴォーリズの設計の雰囲気が見られる。

 
全景
ウ゛ォリズの設計図
ステンドグラス
地図
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)
 ヴォーリズは滋賀県に英語教師として来日、その後キリスト教の布教と建築の設計を始め、メンソレータムの
輸入販売のため近江兄弟社を設立、建築事務所としては一粒社を設立した。
関連リンク
ヴォーリズ  一粒社ヴォーリズ建築事務所  日本聖公会  土浦聖バルナバ教会
日本聖公会北関東教区教務所
 
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2005.08.10製作

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